暮らしと神話と
地層が交差する美保関
街並みも岬も山も歩いてみよう

鯛を釣る神様を祀る美保神社

美保関にある美保神社はゑびす様の総本社と言われています。鯛を釣り上げる姿で良く知られているゑびす様は、出雲大社に祀られるオオクニヌシの長男であるコトシロヌシの別名です。オオクニヌシは大黒様(だいこくさま)とも呼ばれ、恵比寿(ゑびす)・大黒(だいこく)は共に七福神の神々として親しまれています。

  • 美保神社の祭神、事代主神(ゑびす様)と姫様美保神社の祭神、事代主神(ゑびす様)と姫様
  • 美保神社の賑やかなお祭り美保神社の賑やかなお祭り

灯台の昔の名前

美保関灯台は1898年(明治31年)に地蔵埼灯台として誕生しました。名前の由来は、灯台が立つ前、この岬には航海の安全を祈るお地蔵様が幾つもあって地蔵埼と呼ばれていたから。後に全国に灯台が作られるようになってくると全国に地蔵埼が多いことから昭和10年(1935年)に今の美保関灯台という名前になったそうです。歴史的・文化的価値のある文化遺産として「世界の歴史的灯台100選」に選ばれています。灯台の下は日本海ができる以前の「大陸分裂の時代(約2000万年前)」の地層(古浦層)が露出しています。灯台のブロック塀はその石を積んでおり、約2000 万年前に河川が運んだ粒子流れが浮かび上がって見えています。

  • 赤い屋根はビュッフェ赤い屋根はビュッフェ
  • ビュッフェにある初代レンズビュッフェにある初代レンズ
  • ロマンチックな地層模様ロマンチックな地層模様
  • 遠くに隠岐も望めるときもある遠くに隠岐も望めるときもある
  • 美保関灯台の下は約2000万年前の地層美保関灯台の下は約2000万年前の地層

海の丸さを感じるビュッフェ

美保関灯台で働いていた人たちの事務所や宿舎は、今では「ビュッフェ」になって日本海の眺望や天気がよければ隠岐の島を望みながら、ランチやカフェが楽しめる癒しの場所となっています。

  • 夏の漁火カフェ夏の漁火カフェ
  • 御前のいかめし まんぷくセット御前のいかめし まんぷくセット

リンク:灯台ビュッフェ

コトシロヌシ(ゑびす様)が鯛釣りをした島

灯台の東側に海を向いた鳥居が建っています。その鳥居の正面に立ってしめ縄の下、遠方に小さな灯台の乗った小島が見えます。これが沖の御前と呼ばれコトシロヌシが鯛釣りをした島です。日本海拡大の時期の流紋岩で活発な海底火山の活動の痕跡です。それが約1200万年前に隆起してできました。先の鳥居の真下に立って、足下の崖の下に見える島が地の御前です。かつて漁師が航海の安全を祈願して地蔵を立てたので地蔵崎とも呼ばれています。ゑびす様の商売繁盛と安全を祈るにふさわしい場所として参拝されています。

  • 沖の御前、地の御前を祀る鳥居沖の御前、地の御前を祀る鳥居
  • ゑびす様が鯛釣りをしたと伝わる沖の御前ゑびす様が鯛釣りをしたと伝わる沖の御前
  • 鯛のお守り(美保神社)鯛のお守り(美保神社)

ハイキング

かつて美保神社のある美保湾からは西へむかっては九州や瀬戸内海と経過して近畿へ、東には北陸を経由して北海道までへも向かう北前船で賑わう町でした。その美保関の町から灯台のある地蔵埼へ航海の安全を祈るために通った道があり、いまでもハイキングを楽しむことができます。

  • 約3kmのハイキングコース約3kmのハイキングコース

五本松公園

美保関の有名な民謡「関乃五本松節」に歌われる五本の松を、江戸時代に美保関の港に入る船が目印にしていました。ところが当時の松江藩主が通行の邪魔だと1本切って4本になり、悲しんだ人たちが“後は切られぬ夫婦松”と唄ったと伝わります。標高100mあまりの高台で500mほどの山道を行くと美保湾や境港、晴れた日には展望台から隠岐も見えます。特に4月下旬から5月上旬には、約5000本のツツジが海と空の青に映えて美しい。

  • 五本松公園のツツジ満開五本松公園のツツジ満開
  • 境水道の向こうに嵩山さんキュピーが見える境水道の向こうに嵩山さんキュピーが見える

クリフネ

漢字で刳船(くりふね)と書く古風な名前の店で、私がいつも食べるランチはドリアです。この日は明太とイカのドリア。これにコーヒーとデザートが付いて1000円。少々お時間がかかるこの料理が来るまでは、店内に流れるジャズを聴きながらリラックス。ドリアは時々ミートソースやバジルソースになります。他に人気のランチはピザトースセット750円だそうです。刳船は、美保神社の諸手船神事という威勢の良いお祭りに使われる船が古代は大木をくりぬいた刳船であったことから名付けたそうです。

  • 美保神社の鳥居の横にあるお店美保神社の鳥居の横にあるお店
  • 明太とイカのドリア明太とイカのドリア

美保関のお土産といえば

もちろんイカの一夜干し。これをその場で焼いて売っているのも美保関らしい風物詩です。もちろん干しあがりたてもあります。
最近では乾燥カレイや松江市出身のプロテニスプレーヤー錦織圭がおいしいと言って話題になっている「のどぐろ」の干し魚もあります。これどうやって食べるのかというと、家に持ち帰ったら石とか木製板の上で金槌で叩き、骨を砕き火で炙ります。そこへマヨネーズや砂糖醤油などを付けて食べるのです。金槌でしっかり叩いてあれるので意外に柔らかくて評判が良いとのことです。
美味しい魚の上がる漁港には醤油屋が多いと言います。ここ美保関の青石畳通りの奥にある太鼓醤油店では、刺身用の醤油、ポン酢、つゆの各150mlのお試し3本セット1080円が良く出るそうです。人気の特性醤油アイス260円は、口に運ぶと醤油の香りが口の中に広がりますが、舌の上には甘いアイスの味わいが広がります。

  • 一夜干し風景一夜干し風景
  • 食べ方は書いてある干し魚食べ方は書いてある干し魚
  • 人気の醤油アイス人気の醤油アイス
  • お土産のお試し3本セットお土産のお試し3本セット

さあさあ!はいらいや!

太鼓醤油店のお隣は、地元のご婦人たちが干菓子300円や蒸しパン50円、オムライス、貝の炊き込みご飯、赤飯などを250円で販売する入来舎(ハイライヤ)がある。観光のパンフレットや町歩きマップを始め、美保関の昔の写真などが飾られていて、ノスタルジックな美保関を発見するなら、ここの地元を味わいながら皆さんに話を聞くのが楽しい。

  • 右が太鼓醤油店、左が入来舎(HaiRaiya)右が太鼓醤油店、左が入来舎(HaiRaiya)
  • 干菓子と昔ながらの木型干菓子と昔ながらの木型
  • 入来舎の陳列を丁寧に揃える入来舎の陳列を丁寧に揃える
  • 入来舎の隣りの干しもん屋入来舎の隣りの干しもん屋

美保関の旅館・民宿

北前船の入船出船で賑わった名残を楽しめるのが美保湾を囲むように立つ旅館です。眺めも良ければ、泊まった翌朝の港に上がる活きの良い魚を見にいくことだろうか。漁師たちの声も手伝うおばさんたちの声にも張りがあって、海が人間にくれる力なんでしょうね。

  • 美保湾の眺め美保湾の眺め
  • 旅館からの眺め、時には大山も望める旅館からの眺め、時には大山も望める

リンク:美保関の旅館・民宿

美保関なら干物

入来舎のさらに隣は、天日 干しもん屋と暖簾の揺れる桝谷鮮魚店がある。地元の人には鮮魚であるが、観光の人たちには干し魚がいろいろ用意されています。そして夏は、「スプーンで食べてね」と言われる特製トコロテンがありました。

  • スプーンで食べるトコロテンスプーンで食べるトコロテン
  • トコロテンの元になる天草トコロテンの元になる天草

しばらくの滞在ならば

美保湾の東の一角に小泉八雲が滞在し2階から美保湾を眺めた島屋の跡があり記念碑が建っています。その隣にコンドミアム橋津家があります。橋津家は、江戸末期に建築され往時の美保関独特とされる海側から奥の通りまである細長い建築様式を残しています。キッチンやバス・トイレなどはリニューアルされていますので、数日の滞在をして美保関を楽しむにはもってこいの場所です。2階からの美保湾を楽しめますよ。

  • コンドミアム橋津屋コンドミアム橋津屋
  • 橋津屋の2階からの眺め橋津屋の2階からの眺め

リンク:コンドミアム橋津屋

おすすめジオスポット

美保関で大地の魅力に目覚めたら、
帰りに立ち寄りをおすすめしたいのはこちらです。

入道礁(にゅうどうしょう)

境水道は細長い水路で、東西に7.5km、狭窄部では215mほどしかなく、出雲国風土記に海産物の多さは、言い尽くせないとまで記された場所です。
この地域は、約2万年前の最終氷期には陸化していたが、氷期が終わった以降の水位上昇によって海となり、「夜見島(よみしま)」を経由して土砂が流れ着くようになった。また、江戸時代以降のかんな流しは、流れ出た砂によって弓ヶ浜半島を肥大化させるとともに、砂を境水道へと移動させた。明治25年の海軍海図によると、水道内の水深は3~4mほどで、深いところでも5~6mほどであった。その中で、地元ではニイダグイとよばれる入道礁は島根半島で最も古い砂岩層が緩やかな北傾斜示しています。

  • 境水道の水面に見える灯篭が目印境水道の水面に見える灯篭が目印

権現穴洞窟

入道礁のすぐ近くに縄文遺跡があります。中海と日本海を結ぶ境水道北側に位置する海食洞窟で幅8〜9m、奥行3〜4m、流紋岩に大きな二つの開口部があります。出土遺物には、縄文土器(縄文時代後期)・石鏃・ヤス・貝類・獣骨などがあります。「権現山洞窟住居跡」として国指定史跡です。洞窟の前に立つと、境水道で魚貝類を獲って暮らしていたのだろうと想像が膨らみます。近くの入道礁を望む場所に車を止めて美保関方向へ30mほど行くと道の左にあります。

  • 雨風をしのげたのでしょうね雨風をしのげたのでしょうね

宇井の古浦層

宇井の旧道沿いには大きな採石場の跡があり、道路から見上げるとむき出しの断崖が見えます。ここは約2000万年前の日本がまだ大陸の一部であった時代に形成された古浦層の典型的な地層。これらの地層は河川や浅い湖で堆積し形成されたと考えられ、メタセコイアや単子葉植物の葉化石が多産し、他にもカエデ属、ニレ属などの植物化石が発見されています。

  • 断崖の前で大陸の一部であった日本を想像する断崖の前で大陸の一部であった日本を想像する

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