めざせ!日本ジオパーク

松江市美保関町雲津周辺

NEWS & INFORMATION

国引きジオパーク構想とは

~大地が生んだ国引き神話と人々の交流~

今から数千万年前、日本海が拡大した後に島根半島が隆起していきました。
また、縄文時代から弥生時代にかけて斐伊川や神戸川から流れ込んできた土砂は
島根半島にぶつかることで中国山地との間に広大な出雲平野を造り出すとともに、
宍道湖・中海という日本最大級の汽水域を形成しました。
そして、そこでは豊かな自然と多様な生態系に恵まれ、
人々の生活が営まれ、独特な文化・歴史が育まれてきました。
その文化の一つが、出雲に暮らす私たちにとってなじみの深い「国引き神話」です。
出雲の国を見て狭いと感じた八束水臣津野命は、「国来、国来」と言って
朝鮮半島や能登半島などから土地を引いてきてつなぎ合わせ、
島根半島をお造りになったとされています。
古代の人々は目に見える風景を神話として今に伝えてくれているのです。
そして、私たちは今、目に見える風景をくにびきジオパークとして次代へ、
そして世界へ伝える取り組みを始めています。

立石の巨石
立石の巨石(出雲市坂浦町) 宍道断層の動きにより誕生したものと思われます。古くから立石(たていわ)神社の御神体として祭られています。
権現山洞窟
権現山洞窟(松江市美保関町) 海水の浸食によりできた洞窟。海水面が下がったことで縄文時代後期~晩期に人が住居として暮らしていた証拠となる土器などが見つかっています。
来待石
来待石(松江市宍道町) 島根県を代表する石材のひとつで、日本地質学会により「県の石」に選定されました。約1500 万年~1400 万年前の凝灰質砂岩(火山灰を含んだ砂岩)です。石質が軟らかく、加工がしやすい特徴を持ちます。
韓竈神社
韓竈神社(出雲市唐川町)  約1600 万年前の海底火山から噴出した流紋岩の山の中腹に社殿があります。付近にはかつて銅鉱山があったが、地下に銅や鉛があったのも海底火山による影響です。
多古の石柱
多古の石柱(松江市島根町) 複雑な玄武岩溶岩流が変形し、侵食されたことにより作り出された造形です。
唯浦の直立層
唯浦の直立層(出雲市美保町) 岩石の破片が堆積したれき岩と砂が堆積した砂岩が交互に重なった地層が直立している様子が観察できます。地層が直立になっているのは、島根半島に巨大な応力が加わったことの証明です。

国引きの大地の成り立ち

大地の成り立ち2000万年前
大地の成り立ち2000万年前
大地の成り立ち1400万年前
大地の成り立ち2000万年前
①大陸分裂の時代
島根半島はユーラシア大陸の東端に位置していました。大陸の地質は鉄を多く含んだ花崗岩類で、のちにたたら製鉄に利用されることになります。その後、日本列島が大陸から切り離されていく中で火山や湖、河川が発達しました。
②日本列島の時代
日本海が拡大していく中で島根半島は海水が浸入して深海へ沈みます。このとき、海底火山の活動が大変盛んとなります。しだいに海が浅くなってきて、中国山地が上昇していきます。
③汽水湖・平野の時代
中国山地から運ばれた土砂が堆積し、出雲平野や松江平野が発達しました。このため、島根半島と陸続きになるとともに、宍道湖・中海が形成されました。

上図2点日本列島の古地理復元と恐竜博物館における展示
下図3点出典:中村(2008)島根県立三瓶自然館研究報告

上図2点)日本列島の古地理復元と恐竜博物館における展示
下図3点)出典:中村(2008)島根県立三瓶自然館研究報告

国引きジオパーク推進協議会について

平成28年3月29日、市民と行政、民間団体、教育関係者などが一体となって国引きジオパーク構想を
本格的に始動するため、「国引きジオパーク推進協議会」を発足しました。
今後、持続可能な地域づくりのため、日本ジオパークへの認定をめざしていきます。

図:国引きジオパーク推進協議会組織図